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Down 症候群とは 医学と自然歴そして人生 ダウン症の人たちから学んだこと:黒木良和先生

Down 症候群とは 医学と自然歴そして人生 ダウン症の人たちから学んだこと

黒木良和先生

ダウン症医療の超ベテランで元神奈川県立こども医療センター病院長の黒木良和先生のZOOM講演原稿の提供をしていただけました。乳幼児期から学童期、青年期、そして成人期後期までのダウン症の方に起こりうる健康の問題や長年ダウン症の人と接してきた小児科医師としての思いをお伝えします。成人期後期の健康問題やそれに対応するための最新の医学情報もご紹介していただきました。ダウン症について詳しい資料としてご利用ください。
黒木先生にはこの資料の公開をお許しいただき感謝します。(DSIJ事務局)


私は元神奈川県立こども医療センターの遺伝科にいました。その後川崎医療福祉大学という岡山の大学に行き、カウンセラーを養成するということをやってきました。

ダウン症の子どもたちの可愛い写真です。こういった仕草をするのは皆さんおわかりだと思います。(写真は黒木先生のパワーポイントより)

何故ダウン症の医療に入ったのか
 私は医者になって60年近く経ちますが、医者になって2年目に九州大学に受診されました。しかし、当時はダウン症というのは当時、患者扱いされていませんでした。そのため、寿命も短いし、せいぜいかわいがって育ててくださいといい、別に治療もないし、大学病院に来る必要はありませんよというお話を教授がなさったのです。

 こういうことを患者家族に説明するのが臨床に立つ我々の仕事でしたが、私はその様に言うことができまず、小児神経内科グループの中でダウン症の患者さんを診ていました。

その後、そういった診療をしていたことが上司に知れ、上の命令が聞けないのかならば小児科を辞めろと言われてしまいました。しかしグループの主任の頑張りで、やめるには至りませんでしたが、これがダウン症の子どもとの関わりの最初でした。

そのときに夜中に患者さんが亡くなったことがありました。しかし、当直をしていた私にはなんの連絡もなかったのです。翌朝「昨夜〇〇さんが亡くなりました。」と言われたので、どうして連絡をしてくれなかったのですかと尋ねると、「いや、重身ですから良いんです。」と言われました。私はそれはないだろうと思ったんです。それで常勤のドクターが出てくるのを待って、「実は昨晩〇〇さんが亡くなりました。私が気づかずに本当に申し訳ないことでしたとお詫びをしましたと。するとその施設長は、「いやーいいんだよ、重身だから別に知らなくていいんだよ。後で家族に連絡するから。」という言葉を受けたのです。

そのころの、命の質によって全く扱いが違うということは全くおかしいと感じました。この経験が、初志貫徹で、遺伝医療、障害者医療の道へ進むきっかけになりました。

ダウン症の人は適切な医療をきちんとすればダウン症でない人と同様に医療の効果が出て有効なのです。しかも、かなり厳しい医療に対してもとても我慢強く対応してくれます。

そして、合併症をコントロールすれば予想以上に成長して、発達する人たちです。

ダウン症の人は親切で、正義心があり、自分のことよりも他人が幸せになることを心から喜ぶという素晴らしい性格を持っています。
普通の人よりも老化が早いとか、対応がおこりやすいとかも言われていますが、必ずしもそうではありません。しかし、合併症が隠れていてその治療が適切にできないことにより老化が早いということもあります。平均すれば老化も退行も早いということは事実です。
染色体が一本多いのが原因ですから、現在も将来もそれを取り除くということはできないので、そういう意味では根治療法はないのです。しかし、漢方薬から抽出した有効成分のサプリメントの投与により退行の症状がかなりもとに戻るというケースがありますので、これは今後の大きな望みになるのではないかと思います。

ダウン症人の平均寿命の伸びについて
ダウン症の人の平均寿命は古い報告から現在に至るまで素晴らしい伸びを見せています。1930年代のイギリスの報告では9歳でしたが、1960年代には35.3歳となり、1981年の日本の報告では48.9歳、2002年のオーストラリアの報告では58.6歳に伸び、2020年のアメリカの報告では60歳と顕著な改善がみられています。これだけ短い年月で寿命が伸びた主な原因は先天性心奇形等の合併症治療など遺伝医療の進歩や社会のダウン症への理解の深まりなどによるものと考えられます。

ダウン症の医学のおさらい
もっとも頻度の高い染色体異常(1/650-850人)で21番目の染色体が一本多いわけです。ふつう常染色体は両親から22本ずつもらって合計44本あり、それに性染色体が2本加わる構成です。男性はXY、女性だとXXになっています。
母年齢の上昇に伴い発生頻度が上昇することが知られています。特徴的顔貌、中等度の発育障害と発達遅滞、心奇形、消化管奇形、白血病等の合併症頻度が高い事は知られています。
イタリアの学会に行った時のことですが、イタリア人のダウン症の人が日本人の私達を見て、とても似ていると親近感を感じたと喜んでいました。実際、どこの国のダウン症の人もよく似た印象を持ちます。
しかし、こういった合併症の治療効果は健常者と同じですが、てんかんや白血病についてはダウン症の子供のほうがむしろ治りやすい印象があります。
平均寿命も60歳と伸長していますし、社会への適応力があり、自己肯定感や生活への満足度も高く、社会生活もできる人たちだということです。

妊娠期別のダウン症の頻度
妊娠の週数別に見たダウン症の発生頻度です。妊娠2週、つまり妊娠しましたよというのがわかった時点ではなんと0.7%、100人に一人以上のダウン症児が発生しています。羊水検査を受ける週齢で、100人中0.2人、1000人に2人くらいで、生まれることには1000人に一人くらいになっている。この様に、ダウン症の発生率は妊娠初期にはかなり高いのですが、週齢が進むうちに吸収されてしまったり、気が付かない間に流産、気づく流産などで数が減っていくということです。

ダウン症の人の自然暦
身長と体重:自然歴というのはその人が成長に伴ってどの様に変わっていくかということです。それぞれの人やダウン症に特有の成長パターンがあります。男性も女性も最終身長は低身長だけれどやや肥満傾向があります。身長は男女とも、半数は健常児者と重なります、しかし、平均値で見ると、ダウン症児の場合には早く成長が止まることがわかっています。だいたい12、3歳で身長の伸びが止まります。体重に関しては大部分が普通の人と重なります。ただし、個人差が相当大きいです。

発達の様子:
ゆっくりとした発達が普通で、合併症があると影響を受けやすい。例えばてんかんが合併しているのがわからないと精神発達が遅れてしまうということがあります。そういう意味で合併症の治療はとても重要ですね。家族の支援の影響は大で、放ったらかしにしているとなかなか発達しないということがあります。うまく関わるとどんどん発達する可能性があり、かなり伸びるよという可能性を信じる事が重要だと思います。ですが、普通の子供と同じような発達にはなりませんので、限界があることも認める必要があると思います。

個別の目標身長ということの紹介
 Target Heights(目標身長、Tanner 1970)と言う言葉があります。これはターナーという人が報告した両親の遺伝要因を加味した最終身長の概念です。子どもは両親の遺伝的な要因を加味したその人の最終身長です。
男の子の目標身長 = (父の身長 + 母の身長 + 13) /2
女の子の目標身長 = (父の身長 + 母の身長 – 13) /2
ダウン症の子どもについて調べたところ(Kurogi 1995)。
男の子の目標身長 ― 14cm
女の子の目標身長 ― 12cm
ということでした。兄弟姉妹の身長から14や12を引くと大体の予測がつくということです。

就学:

 子どもの就学はその子にあった物が良いので、最近は普通級に入る子どもも多くなっていますが、基本的には特別支援学級や特別支援学校に入って、健常児との交流が効果的だということです。

就労:

 その人らしい豊かな人生の実現のために何かやる事は素晴らしいことです。   福祉就労が基本ですが、時に成人の方で一般就労も可能な方もおります。私の患者さんで、成人して大きなスーパーの在庫管理を見事にやって新しく入った人を指導するくらいの仕事ぶりの人もいます。

友人関係:
極めて重要で、多くの人と交流することは素晴らしいです。豊かな人間性、思いやりを発揮します。

健康:
老化が早い傾向がありますが、隠れた合併症の治療で老化抑止に繋がります。合併症の治療効果は健常者と同じです。

ダウン症の子供の精神運動発達歴
健常児では3~7ヶ月で首がすわるのが、ダウン症児では平均5ヶ月くらい。違いは有っても必ずできるようになることを知っておくことが大事です。必ず首がすわるし、必ず歩くようになるということです。

乳幼児期の医療方針

1歳くらいまでは3ヶ月に一度ほど診療しますが、大切なのはダウン症の子どもを育てるという気持ちではなく、かわいい普通の子どもとして育てる気持ちを持つことが大切だと思います。

出生から1歳まで3か月毎の定期フォロー

成長・発達の評価、筋緊張の評価、甲状腺機能、TAM(白血病に似るが、ダウン症児に特有の血液の異常で、茨城県こども医療センターの長尾先生が明らかにした。)に注意、子どもをちゃんと受け入れているか(児の受容)をサポート、孤立化させないための話をします。そして、心奇形、消化管奇形、けいれん、眼振のチェック、治療する。

1歳から3歳まで:
 半年に1回の定期フォローをするために子どもを連れてきてもらいますが、そこでは 成長・発達の評価、難聴、言語発達の評価、早期療育の推進、親の会紹介、頸椎環軸不安定性、足関節不安定性のチェックと治療、弱視、屈折異常の評価とメガネ使用などの診察やお話をします。いちばん重要なのは頸椎環軸不安定性で、ダウン症の子どもでは頚椎の1番目と2番目が亜脱臼しやすい傾向があります。(*亜脱臼とは不完全な脱臼です。 関節がはずれかかってはすぐにもどるので、瞬間的に強い痛みはありますが、はずれたとは感じないこともある。)これは1歳過ぎにならないと骨の形成が不十分でレン

 

トゲンで見てもわからないのでこの時期に調べます。必須の検査です。

*写真は神奈川県立こども医療センター整形外科より引用https://seikei.kcmc.jp/kanzikutsui/

就学まで:
 年1回の定期フォローで、成長・発達の評価、コミュニケーション、知的能力の評価、就学相談など、各種合併症のチェックと必要な治療をします。無限の可能性を信じると同時に限界の存在を知ることもこの時期に必要です。

子育ての中でどうしてもダウン症の子どもに意識が行き過ぎて結果的に弟姉妹が置いてけぼりになってしまうことがあります。これを心に留めて、同じように大切にしていることを理解させる事は極めて重要です。非行に走ったり、発達障害が出てしまうこともあるからです。

学童期には:

 この6年間は最も安定した時期で特別なことは起こりにくのです。規則正しい生活を心がけましょう。特に肥満には気をつける必要があります。また、先程のTAMと違う、本当の白血病が起こる可能性もあるので血液疾患のチェックをしましょう。てんかんのチェックもします。歯の異常が結構あるので要チェックです。噛むことは消化吸収だけでなく脳の発達にも影響があるからです。眼科も視覚情報が脳の発達にも影響するので歯科とともに眼科は重要です。

私が障害者医療を始めた頃は、障害者歯科や眼科というのがなかったですが、今では専門的に発達してどこでも受けられるようになっています。甲状腺異常、頸椎異常(+)では神経学的評価と激しい運動の制限が注意点です。

思春期には:

 肥満予防とゆっくり噛んで食べる習慣、運動の習慣づけはとても大切です。早食いをすると満腹感を感じる前にたくさん食べすぎるので食事はゆっくり食べるようにしましょう。睡眠時無呼吸のチェック、頸椎異常、甲状腺機能、高尿酸血症の定期検査(年1回)、対人関係・社会性を向上させる、スポーツ、芸術の勧め、異性との健全な交流、性的虐待から保護にも注意が必要でしょう。

ダウン症の人の人生

 ダウン症の人の人生を見ると乳幼児期から高校卒業までで、人生の30%くらいです。つまり教育期間終了後の長い人生の機関をどの様に過ごすかがとても重要になります。
この成人期以降の多くの問題が未解決なのが問題です。

成人期の医療上の問題点

 20歳以上の自験例40例に基づく検討からご紹介します。 (黒木, 2005)

 脂質異常症が4人に一人あります(25%)、中性脂肪(TG), 悪玉コレステロール(LDL-C)上昇、甲状腺機能低下症は10%(女性は20%くらい)あり、これに潜在性甲状腺機能低下症というのが7.5%あるので合計17.5%くらいの甲状腺異常があるということです。

 高尿酸血症も22.5%と多く見られましたが、投薬が必要な症例は2.5%と極めて少ない。

 重要なのは、これら脂質異常症や高尿酸血症は生活を改善して運動を良くするようにすると改善される症例が多いです。コミュニケーション障害は10%くらいです。

肥満予防はどうすればよいのか
食事指導を小学校低学年から始める、個別の指導よりも集団指導が効果的で、こども医療センターでは小学生を集めてやりましたが、子どもたちは集団になるとお互いに競争したりしてよくできます。さいたまや千葉ではこども病院で子どもを対象とした教室があると思います。
ゆっくり噛んで食べる食習慣を、早食いは血糖値を高めて肥満の原因になります。満腹感を感じる前に過食になるのが良くないのです。
運動の習慣づけは肥満防止に重要ですが、成人期には運動の工夫が必要でしょう。成人期にはなかなか運動をしなくなるので、就労やレクレーションで体を動かす工夫が必要です。
肥満のコントロールで尿酸値が低下、脂質異常症も改善してより運動しやすい体質に変わっていくことがあります。
睡眠時無呼吸症候群は結構あります。夜の睡眠状態をよく観察して、息が止まっていたり、いびきを掻いているような場合には必ず耳鼻科を受診しましょう。今無呼吸症候群の診断や治療法は確立していますから改善に役立つ対処ができます。
こういったことに留意することは健康寿命を長期にわたり維持可能にする上で重要です。
脂質異常症の薬物治療は有効ですが、薬によらない治療もできるということです。

成人期の医療と生活支援をまとめるとこういうことになります

 肥満予防は今お話したように、脂質異常症チェック、カロリー制限、運動の習慣づけ、を行い必要に応じてスタチン(血液中のコレステロール値を低下させる薬物の総称)、フィブラート(脂質降下薬として脂質異常症の治療に用いられる化合物の総称)等の投与を受けます。

 甲状腺については定期検査(年1回)を行い、機能低下症の場合にはチラージンS(甲状腺ホルモン剤で、甲状腺の障害や手術などにより不足している甲状腺ホルモンを補います。)の投与を受けることもあります。TSHという脳下垂体から分泌される甲状腺ホルモンを出させる甲状腺刺激ホルモンがありますが、この値が5以上になると甲状腺機能が低下しているとみなされます。(TSH>5, FT4低値)、投与量は少量から行われます。個人差が大きいので一般に使われる量よりも低い量から初めて効果が出ることがあります。

高尿酸血症: 年1回検査、体重制限で尿酸値低下傾向、普通の人ですと尿酸値が8mg超すと服用ですが、ダウン症の人の場合には9mg以上で服用となります。これはダウン症の人では尿酸ができる値の正常値が健常者よりも高いからです。

皮膚: ニキビができやすい方もいます。スキンケア、保清を心がけましょう。

行動: 時に退行現象がおこりますが、規則正しい生活や仕事と余暇活動(スポーツ、楽器演奏、絵画)、そして積極的なコミュニケーションなどで退行を抑制することができます。アルツハイマー病に用いられる薬、アリセプトが有効な方もいますが、大部分は効果が見られないようです。

 健全な異性との交流というのは非常に重要です。ただ、女のお子さんは性的虐待の対象になることがあるので、周りの人が十分注意をする必要があると思います。

 大人の自覚を持たせることも極めて重要ですから、グループホーム活用等色々な試みがあります。
結局、家庭、職場、地域社会、医療の密な連携を通して社会全体としてダウン症の人を育てていくことが重要と言えるでしょう。

成人後の就労や生活

 10年前くらいに神奈川県在住のダウン症の人517名を調査したことがあります。その調査結果によると、成人期の3/4は自宅で、1/4が施設等で生活していました。就労している人はかなり多いですが多くは福祉就労です、一部は一般就労もあります。

 余暇活動は活発な状況がわかりました(ダンス、太鼓、スキー、水泳、習字、絵画などの他、自宅で音楽を聴く、ショッピングなど)で自己主張もあり、よく努力する。周りがサポートする必要がありますが、良い状態が続くようにしていく必要があります。しかし、昨今のコロナウイルスの問題によりこういった余暇活動に制約を受けており、老人やアルツハイマー病の人についても余暇活動の制約による問題が出てきているようです。その中でもできるだけ工夫をして良い時間を多く過ごせるようにしていきましょう。最近はZOOMを使って体操をしたりヨガをやったりすることもあるので工夫しましょう。

家族を助けて家事、買い物もするダウン症の成人は少なくありませんが、ダウン症の人の世話をするという発送だけでなく、ダウン症の大人の人に頼ってほしいと思います。成人する頃には親も高齢になるわけですから。「これやって」と頼んでやらせると何でも結構できます。

 家族の精神的支柱となる例もあるのです。お父さんがなくなってお母さんが随分落ち込んでいるときに、ダウン症のお嬢さんでしたが、「大丈夫よ、私が主婦をするからお母さんしっかり元気だして。仕事してと言って励まされて、その後介護福祉士の資格をとったお母さんがいるんです。そういう事があるのでダウン症の人だって決して捨てたもんじゃありませんよ。

Down症候群をもつ人たちとは

と聞かれることがあります。21番目の染色体が1本多いだけでほかは全く同じなんですから。

健常者とは違った人たち?
>> NO !  21番目の染色体が1本多いだけでほかは全く同じなんですから。

社会に貢献できないお荷物で劣った人?
>> NO ! 冗談じゃない!何でもいろいろなことができます。

人工妊娠中絶されても仕方ない人?
>> NO ! 全くそんな事はありませんよ。

 鹿児島の岩元 綾さんは世界ダウン症会議で英語で素晴らしいスピーチをしましたが、お母さんに産んでくれて有難うといつもいっているそうです。そもそも異常とは何? 正常とは何?ということをよく考えて見る必要があります。これらの問いには私は「Down症候群の人たちと交わり彼らをよく知れば答えは自ずと見えてくるはずなのです。」と言っています。(写真は黒木先生のパワポスライドより引用させてもらいました)

人間性・性格・感性

 ダウン症の人の特性についてちょっと考えてみましょう。

 確かに知能、精神発達遅滞はありますが、人間性・性格・感性は全く正常、むしろ一般人より優れていると思っています。これは間違いない事実です。このことを誇りに思ってほしいです。

 天性の優しさや正義感があり、悪いダウン症の人って見たことがないのです。信号待ちの交差点で無視して歩いていく人を見て、「あぁぁダメだよと言っていました。」悪くいえば融通がきかないのかも知れませんが正義感を持っていると思いますよ。

 奉仕の精神を持っていますね、玄関先に来るが脱ぎ捨ててあると他の子供の靴まできれいに揃えているのを揃えてくれていました。こういう事はしょっちゅうあります。そのため“小さな天使”と呼ばれます。

 平和を愛し、争いを嫌う、世話好きな人たち。アメリカの9.11同時多発テロ事件と言うのがありました。

高校生くらいの私のダウン症の患者さんが「大変だ大変だと言って、テレビで見たことと自分のいる現実が区別つかずに、食事も食べない、尿失禁、便失禁が起こって大変だったことがあります。それで、普通の病院に連れて行ったところ、これは認知症が起こっているんだと言われて、親が神奈川こども病院につれてこられたのでした。

 その状態から、ダウン症の人が平和を愛する人だから別の対応が必要と、そのお子さんを自分の自宅に朝連れてきてもらって、夕方また迎えに来てもらうことを2週間一緒に生活したことがあります。随分昔のことですが、もう1週間目くらいにほとんど良くなって2週間経過したら以前のような普通の生活ができる状況になったのです。この間、家内と一緒に近くのプールに泳ぎに行ったり、買い物に行ったり、一緒に蕎麦を茹でて食べたり当たり前のことをやって元気になりました。ですから、退行現象が起こっている場合には、原因をしっかり見つけて調整すると良くなる場合もあるということです。 

 芸術面に秀れた才能がある人は結構います。絵画、音楽、ダンス、書道など大勢いますね。実力を秘めている、優れた感性をもっている人には周囲の人たちの環境整備がそれを開花させるために重要でしょう。

最後の言葉として、私が言いたいことはダウン症の人は人として尊敬に値する愛すべき人たちだということです。ダウンちゃんとかの上から目線ではなくこう思います。私は多くのダウン症の方と関わりを持って過ごしてきましたが、本気でこう思っています。

 このダンスは神奈川のグループですが、ダンスのとてもうまい猪野さんの息子さんが写っています。

この書は金沢さんではない方の作品ですが、お母さんが書家ですが、非常に味があると思います。

ダウン症の誤った社会通念と真実
という題でアメリカのダウン症協会の一つNational Down Syndrome Societyが啓発に使っている文章をご紹介します。

「今日、ダウン症の人々は家族と一緒に家に住んでおり、コミュニティの教育、職業、社会、レクリエーション活動に積極的に参加しています。
 彼らは通常の教育システムに統合されており、スポーツ、キャンプ、音楽、芸術プログラム、およびコミュニティの他のすべての活動に参加しています。
ダウン症の人は、家族や地域社会の大切な一員であり、さまざまな形で社会に貢献しています。
 企業は、さまざまな立場でダウン症の成人を求めています。銀行、企業、老人ホーム、ホテル、レストランなどの中小規模のオフィスで採用されています。
 彼らは音楽およびエンターテインメント業界、事務職、育児などで働いています。ダウン症の人は、有意義な友情を持ち、デートし、社交し、継続的な関係を築き、結婚します。

望ましい告知のあり方をまとめ
正しい理解と児の受容をめざして 

 第一にはダウン症の子が生まれたということでなく、お子さんの誕生を素直に祝福することが大切です。私がアンケート調査を行ったときに殆どの親が言っていたことです。産婦人科や小児科のダウン症の人を知らない先生方が、「ダウン症の子が生まれてちょっと残念だったね、この次頑張りましょうね。」と。これは励ましているつもりなのかも知れませんけれど、「赤ちゃんが生まれて本当に良かったね。」と声をかけること、これが大事なのだと思います。ダウン症であろうがなかろうが関係ない。口の聞き方をなんとかしてほしい、このことをかなりの数の親が指摘していました。全くそのとおりです。 

 できるだけ早く、両親に告知、母への告知を遅らせない事が大事です。その昔には母親には体調のことを考えて父親にだけ告知をして、おじいちゃんやおばあちゃんには父親から伝えてもらうということがありましたが、これは非常にまずいことでした。最近は改善されていますね。 

また、子どもを生むのは女性であるため、障害のある子が生まれたのはお前のせいだなどと、責められることがありました。これはとんでもないことで間違いです、子どもは夫婦で作るものです。ダウン症の子どもは誰にでも生れるし、夫婦どちらにも責任はないということをしっかり説明する必要があります。

医学的所見の説明は正確で平易な表現で両親に伝えることが大事です。そしてその説明の後には、1ヶ月後や3ヶ月後にはどういうことをやっていきますよという、具体的な定期診察や治療方針を伝え、先が見える告知をしていく必要があります。

家族の理解を確認し、疑問の解消に努めることが大切で、親は産後鬱と言われるように落ち込みやすい状態なのに、ましては障害を持つ子どもが生まれると、もうどこにも行きたくないと孤立感が異様に高まります。そのときに、一人じゃないよ、仲間もいっぱいいるのだよということを伝えて、孤立感を抱かせないようにします。

 

私が岡山にいた時、ダウン症の会でナースらと生まれた子どもの家を訪問してお話を聞きながらすることをやっていましたが、そうすることで、心配を持っていた親がすごく安心して子育てをできるようになっていました。医療だけではなく、親の会であるとか最近では遺伝カウンセラーとか助産婦さんであるとかケースワーカーであるとかが一緒になりながら支えてあげる事が必要ですね。老人に関しては介護保険ができたせいもあるので、かなりいろいろな試みができてきましたが、障害を持つ人に対してはまだまだこの辺ができていないと言うのが残念です。

 医学的所見のみを強調せず、子どもの長所や個性に気付かせ、将来予測を可能にして、子どもの受容を促すときに、情緒面や芸術面で優れていることや、社会参加が可能である等ポジティブな情報も与えることが大切ですね。親も医療者もそうなのですが、悪いところに気づきやすいのです。そしてそれを指摘してしまう。そうではなくて良いところ探しをする、その子どもらしい良いところを探してそれを褒める事がすごく大事だということです。

 医療方針は家族の深い理解による自己決定を重視して家族と医療者が一緒に治療や訓練をしていくことが大切です。様々な支援、親の会等の情報を提供することも必要ですね。

出生前診断

 出生前診断をやる場合にはどのような場合にやるかが決まっています。普通は番目の染色体が多いトリソミー型ですが、1)親のどちらかに子どもがダウン症になる原因となる染色体の異常がある、転座型保因者の場合、2)上の兄弟にDown症児がいる場合には出生前診断の適用となります。受けてもよいのではないですかということになります。
 トリソミー型、モザイク型の場合には出生前診断の必然性は高くないのです。

 夫婦でよく相談し、次子妊娠前に遺伝外来で遺伝カウンセリング(GC)を受ける相談をすればよいのです、更に出生前診断前後にもGCを受けることは極めて重要です。 

 母体血清マーカー後に超音波検査でハイリスクなら侵襲的出生前診断(絨毛、羊水検査)をすることになります。

 母体血による非侵襲的出生前検査(NIPT)は優れた検査ですが、しかし優性思想再燃の可能性があり、この倫理的検討と適切な遺伝カウンセリングが必須です。

 家族へのアンケートやこれまでの自験例から家族は出生前診断を必ずしも望んでいないことが明らかになっています。宿った子どもは子どもですから、出生前診断など望んでいませんという親は結構多いのです。

NIPTコンソーシアムの総括をお話したいと思います

(NIPT=母体血を用いた出生前遺伝学的検査のこと)

この検査は最初に2013年に入ってきました。確かに、母体からの採血という簡単な方法ながら出生前診断の側面があり、導入前に厳しい施設基準を満たす施設に限定した臨床研究(NIPTコンソーシアム)としてやりましょうということで始められました。

当初は1000~2000例やったら研究を終えましょうと言っていたのに、2013.4~2018.9の研究で65,265件を実施し以下の結果を得たのです。

その結果わかったことは、NIPT陽性率は1.81%、で2%にいかない。陽性者の84%が羊水検査を受け89.4%が真陽性と判明、NIPT陽性者の内偽陽性者、研究脱落者、子宮内胎児死亡例を除いてどれくらいが妊娠中絶されているかを調べたところ、95.8%が中絶されており、妊娠継続率は4.2%でした。この結果は羊水検査との結果とは大きく違うものでした。

現在、各国で羊水検査が実施されていますがカリフォルニアでは検査陽性とわかっても6割が出産しています。日本でも地域によっては4割位が産むという判断をしています。

NIPTの結果はこういう状況ですから前後の適切な遺伝カウンセリングが十分とは言えなかったのです。イギリスの情報ではNIPTと羊水検査のどちらも陽性であっても、しっかりした遺伝カウンセリングがなされた場合には産むと答えた人が3割を超えるということです。カウンセリングが適切にされれば、NIPT陽性の親が産む判断をする率は羊水検査に近づいていくという可能性があります。
 そういったしっかりした環境のもとでNIPTをやるのであればそれは良いことです、なぜかというと、NIPTで陽性が出るのは2%です。

NIPTを希望する妊婦は極めて多く、他方無認可施設でNIPTビジネスの拡大が確認されています。これは採血して検査会社に送るだけなのでいろいろな施設でこれが進められています。歯科やスポーツジムのような施設でもNIPTビジネスをやるところが出てきています。これは非常に問題です。

 コンソーシアムでの臨床研究として一定の役割は終了したので、遺伝カウンセリングを担保しながら一般医療化する段階になった事は間違いありません。

NIPTの一般医療化による生命倫理面への影響とは

 この問題点として、NIPTがスクリーニング化される可能性があります。スクリーニング検査はフェニールケトン尿症などの先天異常に対して新生児誕生時に検査を行ってその障害の軽減を図るものです。これは母子手帳にも書いてあります。スクリーニングというのはみんなにやるということです。NIPTが母子手帳に載ると妊婦は誰でも受けるということになってしまいます。これは非常に問題なのです。つまり出生前診断であるという認識がまるでなくなるということです。妊婦・医療者共に検査のハードルが解消されてしまうのです。

 正常な子どものみを産むという、命の選別風潮が当たり前になるということです。その結果、障害>>不幸>>排除を当然とする「優生思想と遺伝差別」の助長に繋がる危険があるのです。これが一番怖いことだと思います。

 小児科医や臨床遺伝専門家不在のNIPT普及は、「多領域・多職種の関与する健全な遺伝医療」を否定して産婦人科医の中だけで完結させようとしており、遺伝医療の衰退を産む可能性が見えてきています。結果として、障害者(染色体異常等)の人権と多様性を認められない、弱者の住みづらい社会への懸念が大きくなってきました。

これは遺伝医療の進歩の負の側面で生命倫理上の危機です。前遺伝子の解析や遺伝子修飾など技術は進んでも、何はやって良い何はやってはいけないということを国民レベルでしっかりやっていかないと、研究者とかは視野が狭くて、どんどん新しいことをやりたい一方ですから、それに社会が翻弄されると大変なことになります。

だいたい、世の中に正常な人などいないのですよ。多くの人の遺伝子を調べていくと、遺伝病や遺伝子異常を持つ人は6%以上になります。人の遺伝子は親からもらった遺伝子が対になっていて、一方に異常が有っても症状は出ません。これは保因者といいます。

ほとんどの人、ほぼ全員と言ってもよいのですが、ホモになったかヘテロになったかで症状の有無が違うだけで、誰でも広義の遺伝異常を有しているのです。

遺伝病・先天異常を排除せず、多様性として尊重しあい、共に普通に生きる社会の実現に努めることが求められます。

ダウン症のひとの実態調査

厚労省研究(2016):12歳以上の352名のダウン症本人へのアンケート調査を見るとダウン症の人の人柄がよくわかります。毎日幸せに思うことがある(92%)、父母や周りの人から大事に思われている(94%)、19歳以上の75%が福祉就労(一部一般企業)しており、仕事に満足感あり(87%)という充実ぶりが示されました。

一方アメリカのSkotkoらの研究(2011): 12歳以上の284名の本人調査においては、99%が生活で楽しいと感じており、97%がダウン症であることを好きだと感じ、96%が見た目が悪いと思っていない、99%近くが家族から愛されていると感じ、86%が友だちを容易に作れるし、孤独でいることの方が困難という結果が出ています。洋の東西を問わず、ダウン症の人たちは幸せで、充実した人生を送っているNIPTの対象とは考えにくいのではないでしょうか。

Down症診療45年の経験から感じていること

Down症候群をもつ人たちは、我々とほとんど変わらない、悪い人がいない、親切で争いを好まず、他人の喜びを素直に喜び、悲しみを分かち合える人、芸術を愛する人たちです。

ゆっくりでも必ず成長・発達する、立派な社会の一員です。

合併症の治療に良く反応するし、つらい治療や成果の上がりにく療育にも我慢強い。

感染症に罹りやすい、弱い体質と言われますが、これは誤りです。最近のコロナワクチンも打つべきということが国際的に報じられています。心臓病などを持つ人もいるので、コロナにかかると重篤化する危険性があります。

早期老化が多いともいえない、甲状腺機能低下症等の隠れた病気を発見して治療をしたり、周囲の適切な対応があれば長期間良好なQOLを保てるのです。

Down症候群をもつ人たちへの医療や福祉対応は、通常の医療・福祉対応と全く同じでよい、差別すべき理由は何もないです。

私自身の長い経験でもダウン症外来の後は、いつも優しい気持、人間らしさ取り戻すのを実感している事に気づきます。これは私がダウン症の人から学んだ一番大きなことです。

Down症候群をもつ人の存在そのものが、我々に人の素晴らしさ、優しさや思いやりの大切さを気付かせてくれる、これは社会への大きな貢献といえるのです。

重身の施設でも10年ほど仕事をしましたが、そこで親が、「この子がここにいるから意味があるのです。この子がいるから我々は幸せなのです。」と言っていました。どのような障害を持っていてもその人の存在そのものが大きな社会貢献だということです。 

私の子どもが小学生の頃、子どもが通う地域に障害者の施設がありました。その施設の人が散歩をする時間と小学生が下校する時間がちょうど一緒になっていました。大きな道を挟んで、障害のある人が歩いてきて、子どもたちを見ると道を渡って子どもたちの方にわーっと来るのを2回位見ました。

私はこれは誤解を生むかも知れないからまずいなと思い学校に行き校長先生にお会いして、子どもたちのためにも多様性を学ぶ事が必要だからと話したところ、校長のはからいで、子どもたちが夏休み等にその施設を訪問して、一緒におやつを食べたりすることを実現させました。

現在までこの交流は続いており、子どもたちの中には医師になった人もいます。だから、存在そのものが大事なのだろうということです。

最後に伝えたいこと

 ダウン症をもって生れたことを、本人も家族も不幸と考えず、誇りにしましょう。

 ダウン症などの先天的な障害児者を人の多様性と理解し、差別することを止めましょう

 彼らの存在をありのままに受け入れ、人として尊敬しましょう

 彼らと一緒に普通に、ありのままに生活できる社会を実現するために、努力しましょう。


*黒木良和博士 略歴(2021年の記録)
1963年 九州大学医学部卒業後、同大学大学院入学。
1968年 同大学大学院博士課程修了、同大学小児科助手。
1974年 神奈川県立こども医療センター小児科部長(遺伝科)、その後同医療センター重症心身障害施設長を経て、同医療センター所長。
2003年 川崎医療福祉大学大学院教授。
2011年 同上客員教授
2011年 聖マリアンナ医大客員教授


*本記事は修正加筆される可能性があります。(DSIJ PRESS)

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